【クライミングの歴史2】冒険からスポーツへ

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ヨセミテで生まれたフリークライミングは、ヨーロッパにわたって徐々にスポーツ的な要素が追求れるようになっていきます。そして、いつしか、冒険性を追求するトラッドクライミングと、ムーブの困難性を追求するスポーツクライミングへと、別れていったのです。その後、スポーツクライミングは、人工壁でも行われるようになり、やがて、ワールドカップなどの競技大会も生まれ、現在のオリンピック採用へとつながっていきます。

ヨセミテ流クライミングのマイナス面、あるいは限界

この記事は、「「スポーツ」クライミングという名前の謎 ―クライミングの歴史をひもとく(1)」の続きです。

ヨセミテで生まれたフリークライミング、そのクリーンクライミングスタイルは、いくつかのマイナスもありました。マイナスというより、スタイル上の限界という方が正確かもしれません。

まず、基本的にプロテクションがセットできるクラック沿いにしかルートが作れないことです。面白いルートになりそうな岩壁でも、安全確保の支点がセットできないと登れません。

また、自分でプロテクションをセットしながら登るのは、高度な技術が必要であり、さらにセットミスなどによる危険もあります。これは、クライミングを冒険と考えるのであれば、当然引き受けるべき本質的な要素であったかもしれません。プロテクションのセット技術やそれによる危険も含めて、フリークライミングであるというわけです。

もちろん、クライミングのもつ冒険的な要素や自然を傷つけないフェアな態度といった点を重視するクライマーにとっては、それは何らマイナスではなく、当然の前提だったでしょう。

しかし、クライミングを「冒険」ではなく「動きのむつかしさを追求するスポーツ」であるととらえるなら、プロテクションのセット技術によって安全性が左右されるような面は、なるべく排除すべき要素となるでしょう。それは、どちらが正しいと簡単に決められるものではありません。

そして、主としてクライミングのスポーツ性に着目し、「冒険」的な要素を取り除いていったのが、フランスを中心としたヨーロッパのクライマーたちです。

「冒険」から「スポーツ」への変化

フリークライミングが世界的に普及するにつれて、だんだんと、より難しいルート、より高度なグレードを登りたいという人が増えてきます。より難しいものや、高度な評価(グレード)に挑戦したくなるのは、人間の本能のようなものでしょう。

そしてフリークライミングの「難しさ」「困難さ」には、2つの側面がありました。それは危険なところを登るという冒険としての困難さと、身体的な動き=スポーツとしての困難さです。

クライミングルートの難しさを表すグレーディングの基準はとして広く使われているグレード体系では、主に身体的な困難さを中心とグレードがつけられます。身体技術的に難しいルートが、高グレードルートなのです。そこから、高グレードを目指すこと=より身体的に困難な動きを目指すことというとらえ方が主流となっていきます。

そして、フリークライミングのグレード高度化の波は、フランスを中心としたヨーロッパで起こりました。

フランスのクライマーは、「道具を使わないで、身体だけで登る」というヨセミテで生まれたフリークライミングの中心思想は受け継ぎつつ、それを大胆に「スポーツ寄り」に改編していったのです。

ボルトで安全を確保して高難度ムーブにトライする「垂直のアスリート」

それはまず、ナチュラルプロテクションを使わず、岩にどんどんボルトを埋め込んでルートを作るところから始まりました(ヨセミテでも、固定プロテクション自体は使わていますが、主流ではありませんでした)。

そこでは、プロテクションが「万一落ちた時の安全確保のため」であるなら、そのセット自体は身体の動きの困難性を追求することとは関係ないと考えられたのでしょう。

上からロープでぶら下がりながら(グラウンド・アップの否定)、岩にドリルで穴をあけて、プロテクション用のボルトを直接設置するスタイルなら、クラック以外のところにも、容易にルート(課題)を作ることができます。

それはまた、さまざまなムーブ(クライミング上の動き)が出てくるルートを自由に作れることを意味します。つまり、高難度のグレードのルートを、(以前と比べれば)容易に作ることができるようになったのです。

そうして作られた、さまざまなムーブが出てくるルートで、ドリルで岩に穴をあけて埋め込まれた安全性の高いプロテクションによってなるべく危険を排除した上で、困難で激しいムーブ(動き)のクライミングを追求したのが、フランスのクライマーたちです。

安全性の高いボルトにトップロープ状態でぶら下がりながら、同じ難しいムーブを何度も反復して練習し、トライするスタイルのおかげで、ヨーロッパのクライマーは、登れるグレードをどんどん上げていきました。世界の高難度グレードの更新をリードしていったのです。

しかしそこには、冒険的な要素はほとんどないことは想像に難くありません。つまりフランスで、フリークライミングから冒険の要素が取り除かれ、スポーツへと純化されていったのです。

ヨセミテのクライマーは冒険家の尻尾を残していましたが、フランスのクライマーはその尻尾を捨てて、「垂直のアスリート」になったというわけです。

「スポーツ」と「トラッド」とに分かれたフリークライミング

その過程では、両者の間には激しい議論などもありましたが、結局、フランス流のスタイルが世界の主流になり、現在に至ります。

その理由として、ボルトプロテクションにより、クラックのない岩壁にも自由にルートを開拓できれば、より複雑で面白い、多様なルートが作れることが挙げられるでしょう。そして実際に、どんどんグレードを上げることができたのです。これは、「クラックからフェイスへ」という流れで捉えられてます。

また、最悪、生命の危険がある「冒険」よりは、安全で手軽な「スポーツ」の方が、より多くの人に好まれるものでもあったのでしょう。

現在では、両者を区別するため、ボルトプロテクションで安全が確保されたフランス流のフリークライミングは「スポーツ(スポート)クライミング」と呼ばれるようになり、一方、自分でプロテクションをセットしながら登るヨセミテ流のフリークライミングは「トラディショナル(トラッド)クライミング」と呼ばれるようになりました。

また、スポーツクライミングで登るルートを「スポーツ(スポート)ルート」、トラッドスタイルで登るルートを「トラッドルート」と呼びます。

スポーツクライミング:ボルトプロテクションで安全が確保されたルート(スポーツルート)で、危険を排除しつつ、ムーブの困難さ、身体の限界に挑戦するクライミング
トラッドクライミング:ナチュラルプロテクションを自分でセットしなければならないルート(トラッドルート)で、ムーブの困難さとともに、冒険性をも求めるクライミング

(なお、英語では「sports」の単数形は「sport」なので、「スポートクライミング」が正しいのですが、日本語では単複を区別せずに「スポーツ」というのが普通なので、ここでもスポーツクライミングと記載します。)

競技として確立されていったクライミング

スポーツクライミングがムーブの困難性を追求していく中で、トップクライマーたちの中で、どちらの方が難しいルートを登れるか、あるいは、だれが一番うまいのかといった、優劣が気になってきます。

そうして、1980年代から、ヨーロッパでクライミングのコンペティション(競技会)が行われるようになり、1989年には、世界初のワールドカップが開催されました。

初期のコンペは、アウトドアの岩場で行われたりもしましたが、じきに人工壁で行われるようになり、ルールも徐々に整備されて、競技スポーツとして確立してきます。つまり、スポーツクライミングの一部が、さらに「競技クライミング」になっていったのです。

そして今年、競技クライミング関係者の間では悲願だったオリンピック採用が、ついに決まったというわけです。

以上のようなクライミングの長い歴史を踏まえて、今回のオリンピック競技の名称は、「クライミング」でなく「スポーツクライミング」となったのです。

ヨセミテのレジェンド(伝説的)クライマーたちは、どう思っているのでしょうか。

別の記事(【スポーツクライミング全解説1】スポーツクライミングとはどんなもの?:東京オリンピック)でも掲載している図ですが、参考までに再掲します。

クライミングの分類
クライミングの分類

「スポーツクライミング=人工壁」「スポーツクライミング=競技」は、誤解

クライミングジムや大会用に作られる人工壁では、強固なボルトでクライマーの安全が確保され、その上でクライマーは困難なムーブを追求します。ですから、これらはもちろんスポーツクライミングです。

しかし「スポーツクライミング=人口壁を登る競技」でないことは、上記の説明を読んでいただければおわかりかと思います。スポーツクライミングはもともとはアウトドアの岩場で行われていたクライミングのスタイルの一種であり、現在でも世界中の多くの岩場で、楽しまれています。

最近「スポーツクライミング=競技クライミング」というような解説がなさていることがありますが、そういった説明は間違いだと言えます。
なぜなら、上記の歴史的経緯からもわかるように、スポーツクライミングは必ずしも競技クライミングだけを指すものではないからです。競技クライミングは、スポーツクライミングのごく一部でしかありません。
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