クライミングトレーニングの名著『パフォーマンス・ロック・クライミング』紹介

真剣に上達を目指すクライマーは必読の名著『パフォーマンス・ロック・クライミング』をご紹介します。残念ながら現在絶版ですが、古書で入手して読む価値があります。

トレーニングテキストの個人的ナンバーワン

クライミング、ボルダリンに関する本は、たくさん出版されています(日本国内での出版のこと。以下同様です)。

カバー写真のクライマーは、平山ユージさん!

その中でも、この『パフォーマンス・ロック・クライミング』は、クライミングのトレーニングについて書かれた本、クライミングのテキストとしては、トップ3に入る名著でしょう。個人的には、日本語で読めるクライミングトレーニングの教科書としては、ナンバーワンだと思ってます。

著名な本なので、現在、出版されているクライミング、ボルダリングのトレーニング書や雑誌記事などにも、本書の内容から影響を受けていたり、内容を流用したものがたくさん見られます。(もちろん、科学的に正しい方法であれば、だれが書いてもだいたい同じ内容になるのは当然なのですが)。

「最も弱い環の原則」

「最も弱い環の原則」ということばを聞いたことがある方も多いでしょう。この言葉も、元をただせば本書が最初に提唱したものだと思われます。

クライミングにおける「最も弱い環の原則」とは、簡単にいうと次のようなことです。

クライミングでは、ルートの中に1か所でもできないところがあれば、そこで落ちるしかありません。したがって、「得意なことを伸ばす」よりも、「苦手なことを無くす」という方針でトレーニングをした方が、全体的なパフォーマンスは高まる、ということです。

私たちは、ジムで登っているときなど、ランジが得意ならランジ、ヒールフックが得意ならヒールフックなど、ついつい得意なムーブを使って登ってしまいます。あるいは、何度かトライしてもできないムーブがある課題はあきらめて、別の登りやすい課題を探したりします。「登る楽しさ」という観点から見れば、その方が楽しいでしょう。

しかし、「上達のためのトレーニング」という点では、それはあまり意味がありません。得意なことをさらに上達させても、全体のパフォーマンスに与える影響はわずかだからです。それよりも、苦手を克服した方が、全体のパフォーマンスを大きく向上させます。そこで、クライミングの全体像を把握した上で、もっとも苦手とすること=最も弱い環を無くすようにしていくべきである、ということです。

「筋力アップ」にも、さまざまな種類と目的がある

筋力アップのためのトレーニング、いわゆる「筋トレ」も、単純ではありません。「筋肥大」「最大筋動員」「筋肉間協調」「無酸素性代謝」「有酸素性回復」など、さまざまな目的、種類があります。どういった目的で、なにを鍛えたいかによって、「筋トレ」の内容も、やり方も違ってくるということです。

よくある入門書だと、単純に「チンニングは何回できるように」とか「プランクのやり方」「キャンパシングの方法」などしか書かれていません。しかし、それが筋肥大のためのトレーニングなのか、筋動員率を上げるためのトレーニングなのかもわからないままトレーニングをするのでは、効率の良いトレーニングはできません。

本書では、クライミングという運動の内容に即しながら、それぞれを最適に組み合わせ方、トレーニング計画などが書かれています。

本書目次

「心理コントロール」「覚醒」「ピリオタイゼーション」

コンペに出る選手や、外岩で高難度の課題を落とすことを目指す人には、「心理コントロール」「覚醒」「ピリオタイゼーション」などの項目は、特に役立つでしょう。

ちなみに、ピリオタイゼーション(トレーニングの期分け)の考え方は、上達を目指すスポーツ選手にとっては、基礎、土台ともいうべき重要なものですが、トップクラスのクライマーは別として、その言葉自体を知らないクライマーが多いことに、驚かされます。

国内で出版されているクライミングの教則本では、ムーブについての解説ばかりが多く、筋トレの種類や組み合わせ方、「心理コントロール」「覚醒」「ピリオタイゼーション」といったことについてくわしく書かれているものは、ほとんどありません。

ピリオタイゼーションの項目の図解

古くなっている部分も少しあるが、クライミング、ボルダリング上達を目指すなら、最初に読むべき1冊

本書は、アメリカ合衆国で原著が出版されたのが20年以上前の1993年(日本語訳版は1999年)です。そのため、一部の情報は少し古い感じがします。

たとえば、W.ギュリッヒが開発した木製のラングを使うトレーニング方法があります。いまではだれでも知っている「キャンパスボード」「キャンパシング」です。このトレーニング法をギュリッヒが開発したのは1988年で、本書の発行よりは前ですが、初期には「キャンパスボード」という名前が定着していなかったのでしょう。本書では「リアクティブ・トレーニング」という名前で紹介されています。

そして、キャンパシングが開発されてまもない時期のせいか、紹介は概要程度でくわしいやり方などは書かれていません(現在メトリウスから発売されているキャンパスラングに付録のマニュアルの方が、よっぽど詳しく書いてあります)。

ちなみに、「キャンパスボード」とか、「キャンパシング」という名前は、最初に設置されたのがニュルンベルグの「キャンパス・センター」というジムだったことからつけられた名前で、トレーニングの内容とは関係ありません。トレーニングの内容を表す名称としては、本書掲載の「リアクティブ(反動)・トレーニング」の方が、ふさわしいと思います。今さら変えることはできないでしょうが…。

また、筋トレや身体のケア、栄養に関する理論についても、この20年間の研究成果がありますので、少し古くなっている部分があります。本書ではアイシングについてはまったく触れられていませんし、BCAAなどのサプリメントについても触れられていません。

さらに、最近の読みやすさ、わかりやすさを最優先して作られた入門書とちがって、古い本で、かつ翻訳物なので、ややとっつきにくい印象はあります。また、全体的にリードクライミングを前提とした内容になっており、特に「タクティクス」(課題を登るための戦術)の項目など、リードクライミングに特化した内容になっています。

しかし、それらの欠点を差し引いても、クライミング、ボルダリングの上達を真剣に考えるクライマー(中級以上を目指す人)にとって、本書の内容は絶対に役立つものだと断言できます。トレーニングについて、真面目に勉強したいのなら、最初に読むべき一冊です。

もちろん、筋力トレーニングについては、最新の研究成果を採り入れて書かれた本をあわせて読んで、古くなっている部分は適宜補った方がよいでしょう。

現在は絶版だが、古書で入手可能

ただ、非常に残念なことに、本書は絶版になっており、新刊では入手できません。少し高くなりますが、アマゾンで古書が入手できます。また、ヤフオクやメルカリにもたまに出品されています。

最後に、山と渓谷社は、似たような内容の入門書ばかりをたくさん出していないで、こういった素晴らしい価値を持つ本を、(kindle電子書籍でもいいので)再発売すべきでしょう。それが専門出版社の存在意義というものではないでしょうか。

パフォーマンス・ロック・クライミング
デイル・ゴダード、ウド・ノイマン著、森 直康訳 山と溪谷社
同じカテゴリーの記事